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川村雅彦のサステナビリティ・コラム

『統合思考経営』のWhy, What & How

はじめまして。このたび新設されたサンメッセ総合研究所「Sinc」の所長/首席研究員に就任いたしました川村雅彦と申します。どうぞ、宜しくお願いします。

さて、これから月一回のペースで、「サステナビリティ」にかかわるテーマでコラムを執筆いたします。まず『ESG経営のWhy, What & How』シリーズでは、企業の長期戦略的な視点に立った「ESG経営」について、私の考え方を述べたいと思います。

ESG経営につながるサステナビリィ革命

Table of contents

  1. 「ESG金融」に対応する「ESG経営」
  2. 「ESG経営」に至る文明史的な必然性
  3. 「技術革新」がもたらした文明革命
    1. 農業革命から精神革命へ
    2. 産業革命は工業革命、エネルギー革命、交通革命
  4. 現代文明につながる「産業革命」からの脱却を
    1. 「化石燃料文明」の中で進む情報革命、デジタル革命
    2. 人類の意志としての「サステナビリティ革命」

「ESG金融」に対応する「ESG経営」

ESGという言葉は、「ESG投資」を牽引役として、日本でもここ数年で企業社会ではある程度浸透してきています。最近では投資だけでなく、融資や不動産運用においてもESGに配慮する動きがあり、包括的に「ESG金融」と呼ばれるようになってきました。

これに対して、投資や融資などの対象となる企業側のESGへの対応はどうでしょうか? 「ESG経営」という表現自体は、最近、一部の先進企業や研究者などにおいて使われるようになりましたが、現状ではまだそれほど一般的ではありません。

しかしながら、ESG金融とESG経営の対応関係は、持続可能な企業価値向上に向けて、機関投資家を対象とする「日本版スチュワードシップ・コード」と、企業を対象とする「コーポレートガバナンス・コード」の両輪関係に似ています。

つまり、金融側が一方的に企業をESGで評価することではなく、サステナブルな社会経済の実現に向けて、企業と連携して同じ目標に向かうことです。企業側の立場に立てば、ESGに受動的になることなく能動的に自らを変革し、積極的にコミュニケートする必要があります。

「ESG経営」に至る文明史的な必然性

とは言え、そもそもESGの意義、ESG経営の定義、あるいは従来のCSR経営やCSV経営との違いも明らかにしておかないと、説得力もなく議論が曖昧となってしまいます。また、ESGを担当すべき部署はどこかも考えておく必要があります。

実際問題として、ESG経営はなぜ必要なのか、ESG経営では何をどのように実践するのか。すなわち、「ESG経営のWhy,What & How」を明確にしなければ、その本質を経営層にも従業員にも伝えることはできません。

そこで通常ならば、「ESG経営とは何か?」と題して、教科書的あるいはハウツウ的に解説するところです。しかし、今回はESG経営について直接的に述べるのではなく、視点を変え視野を大きく拡げて、そこに至る人類文明史上の必然性から考察してみます。

私は、この必然性を人類文明史上初の「人類の意志としての『サステナビリティ革命』」と位置付けています。このような文明史的な時間軸をもつ世界観を、できるだけ日本企業の経営者と従業員の方々に共有していただければと思います。

「技術革新」がもたらした文明革命

図表1の文明史年表をご覧ください。約700万年前に直立二足歩行の猿人が出現し(人類革命)、石器と火の使用という「技術革新」を経て、約15~20万年前にはホモサピエンス(現生人類)が現れました。ここから人類文明が始まったのです。

農業革命から精神革命へ

約1万年前には、新石器時代の狩猟・採取社会から農耕・家畜社会へと変貌しました。これは「農業革命」と呼ばれ、背景には製鉄(鉄の精錬)という「技術革新」がありました。農具や武器が量産され、いくつかの地域では農作物の生産と富の蓄積が進み、王権が成立しました。その後、約4500年前から一部の地域では貨幣制度も導入されました。

これら先進地帯では都市化が進み、社会が複雑化・多様化したため、思想体系の確立も進み、紀元前500年頃に世界的に思想的大変革が起きたのです。これは「精神革命」と呼ばれ、ユダヤ教、儒教、仏教などの宗教が創始され、プラトンのイデア論もこの頃に提唱されたものです。

産業革命は工業革命、エネルギー革命、交通革命

文明史上で最も顕著な革命は18世紀後半の「産業革命」でしょう。これは「工業革命」ともいわれ、現代文明につながるものです。数十年に及ぶ産業的な変化ではあるものの、様々な「技術革新」により工業化と都市化が急速に進んだため、社会経済の様相は大きく変化したのです。

その発端は蒸気機関の開発とその動力源の刷新という「技術革新」でした。動力源が人・馬・水・風から石炭に置き換わったことから、一つの「エネルギー革命」です。当時の主力産業であった綿織物生産の機械化が進んだことから、熟練工の失業という社会問題も発生しました。

コークス利用による高炉製鉄業も発展したことで、石炭産業が成立しました。さらに蒸気機関と石炭産業の発達により、蒸気船と蒸気機関車が交通手段として確立したため、船運と鉄道の普及という「交通革命」の側面をもちます。これらのことが相まって、産業構造の大変革とともに社会経済の姿が激変したのです。

図表1:「サステナビリティ革命」に至る人類文明史上の革命の流れ
約700万年前 猿人(人類)の出現 → 人類革命
約20万年〜約15万年前 ホモサピエンス(現生人類)の出現
約1.5万年〜約1万年前 農業革命 (新石器時代の狩猟・採集社会から農耕・家畜社会への変革)
約2500年前(紀元前500年頃 ) 精神革命 (世界同時多発的に人間の在り方に関する宗教・思想の創始)
約250年前(18世紀後半) 産業革命 (技術革新による一連の工業革命と社会構造の変革)
(1760年代から1830年代に及ぶ緩やかな変化。しかし、工業化と都市化で社会経済の様相は激変)
蒸気機関の開発と動力源の刷新 → 石炭へのエネルギー革命
綿織物の機械化(飛び杼の開発と動力に蒸気機関) → 熟練工の失業
製鉄業の発達(高炉におけるコークスの利用) → 石炭産業の確立
蒸気船蒸気機関車による船運と鉄道の発達 → 交通革命の側面
160年前(1859年:19世紀中葉) 米国のドレーク油田で世界初の機械掘りに成功 → 石油産業の誕生
137年前(1882年:19世紀末) 英国で世界初の石炭火力発電所の稼働
112年前(1907年) 米国で有機合成ポリマーの開発 → プラスチック産業の誕生
68年前(1951年) 米国で世界初の原子力発電に成功
約60年前(1950年代後半) 欧米日で石油化学工業の興隆 → 多様なプラスチック製品の開発
57年前(1962年) 日本で石炭火力発電から石油火力発電への転換開始
36年前(1983年) 日本でIGCC(高効率石炭火力発電)の開発着手 → 30年後に商業運転開始
約25年前(1990年代前半) 情報(価値)革命を経てデジタル(データ)革命へ → GAFA問題へ
6年前(2013年) 米国でシェール革命 (非在来型ガス・石油の安価な採掘開始) → CO2低減化
2015年(21世紀初頭) 「サステナビリティ革命」元年(人類の意志として初のパラダイム大転換)
(石炭利用に始まる産業革命以降の工業化文明が、地球環境と地球社会を破壊し始めたことの危機感)
◎4月 G20が気候関連財務情報開示の検討を要請 → 12月にTCFD設立
◎9月 SDGsの国連採択 (我々の世界を変革する)
◎12月パリ協定の合意 →「低」炭素経済から「脱」炭素経済
2016年 日本でSociety 5.0 → AI、IoT、ロボティクス等による超スマート社会
自動車産業におけるCASE革命MaaS(移動サービス)産業へ
〜2019年(現在) 世界各地で異常気象による甚大被害・生態系破壊、海洋プラスチック汚染
2030年(11年後) SDGs17目標の達成?
2040年(21年後) 主要国でエンジン付自動車(ICV)の販売禁止 → 産業構造の大転換
2050年(31年後) 「脱」炭素社会(1.5℃目標)の実現? → 再生エネルギーの主流化?
2100年(22世紀の始まり) 人類は持続可能な地球に生存してるか??
(資料)諸資料より筆者作成

現代文明につながる「産業革命」からの脱却を

「化石燃料文明」の中で進む情報革命、デジタル革命

時代を経て、19世紀中葉には米国のドレーク油田で世界初の機械堀りによる石油生産に成功し、石油産業が確立しました。20世紀初頭には石油由来の有機合成ポリマーの製造が開始され、プラスチック産業が誕生し、第二次世界大戦後には石油化学工業の興隆期を迎えたのです。

日本では戦後の復興期を経て、電力は石炭火力から石油火力への転換が進みました。一方で、IGCCなどの高効率石炭火力発電の研究開発に着手し、2010年代に入り商業運転が開始され、同時に海外輸出も始まりました。この頃、米国ではシェール革命が起きています。

現代文明は「産業革命」の枠組に基づく「化石燃料文明」の中にあります。その上で、1990年代にはパソコンやインタ―ネットの普及に伴う「情報(価値)革命」が起き、現在ではさらに進んでIoTやAIの導入による「デジタル(データ)革命」が始まっています。

以上のことから、文明史上の革命はいずれも各時代の「技術革新」によりもたらされたものであり、それが大きな社会変革を起こし、その結果、新たな社会が形成されたことが分かります。

人類の意志としての「サステナビリティ革命」

しかし、21世紀初期の2015年に、TCFDの設立、SDGsの採択、パリ協定の合意に象徴される「サステナビリティ革命」の動きが、世界で同時多発的に起きたのです。その根底には、このままでは地球環境や人類社会は持続「不」可能であるという危機感があります。

その意味は、産業革命以降の工業文明が「豊かな社会」をめざしてきたにもかからず、皮肉にも地球環境と人類社会を破壊し始めたことから、人類自らが決断した「持続可能な開発」のための革命のはじまりです。なお、「持続可能な開発(Sustainable Development)」の定義は、「将来世代のニーズを損なうことなく、現代世代のニーズを満たすこと」です。

「サステナビリティ革命」という言葉は、私の造語です。これまでの文明史上の革命は、自然発生的な技術革新が結果的に引き起こした巨大なメガトレンドでした。しかし、このサステナビリティ革命は、従来の流れとは異なる「人類の意志」としての文明史上初の大革命です(図表2参照)。

これは、サステナビリティ革命がデジタル革命に置き換わること意味するものではありません。両者は並行して進展すべきものです。ただし、メガトレンドはそのあるべき方向性を内蔵していませんので、明確な意志をもつサステナビリティ革命との相乗効果が期待されます。

図表2:人類の意志としての「サステナビリティ革命」の位置付け
(資料)筆者作成

※本稿は、SBJ-Labに掲載されたコラムを転載しております。
https://www.sustainablebrands.jp/sbjlab/newscolumn/
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(つづく)