なぜ今、「統合思考経営」なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
「失われた30年」と「昭和のおじさんシステム」(前編)
~日本企業は同質性集団が最大の経営リスク!!~
Table of contents
前回(第23-26回)は、ISSBとCSRDについてマテリアリティの観点から考察しました。今回は視点を変えて、「日本企業のかたち」である男性中心の同質性集団を取り上げます。なぜかと言うと、日本企業の体質には以前から違和感があったのですが、『男子系企業の失敗』※1と『男性中心企業の終焉』※2(いずれも著者は女性)を読んだことで、自分なりの論点整理ができたからです。具体的には以下の3点です。
それにしても、「失われた30年」あるいは「停滞の30年」※3を経た現在でも、その真因である「昭和のおじさんシステム」に依存している(ことに気づかない)日本企業の多さに驚きます。一方で、そこから脱却し、人材多様性を重んじる仕組みを構築し、新しい戦略を展開する企業が登場してきたことも事実です。
- (※3)バブル経済崩壊後の1990年代初頭から2020年代初頭までの30年間をさす。
上場企業全体の2024年3月期決算は3期連続の最高益となり、2024年3月には日経平均株価が34年ぶりにバブル最高値(1989年12月29日の38,915円)を上回ったことから、「失われた30年」は終わったとの見方もある。
実は、筆者はどっぷり「昭和のおじさん」です。昭和51年(1976年)に修士修了、同時に就職し、バブル経済とその崩壊、そして「失われた30年」をつぶさに体験しました。またエンジニアリング会社からシンクタンクに転職したこと、様々な企業と話ができたことで、会社によって企業風土や価値観が異なることも実感しています。そこで、本稿は筆者自らの感覚もたどりながら筆を進めます。
見えてきた「日本企業のかたち」
- (注)なぜ日本はあんな風になってしまったのか?「日本人とは何か」を問い続けた司馬遼太郎の随筆『この国のかたち』になぞらえて、不遜にも「日本企業のかたち」と表現してみた。
「男子系企業の失敗」とは、どういうことか?
『男子系企業の失敗』(以下、同書①)は、行動経済学や社会心理学あるいは脳科学の知見を踏まえた、日本企業の体質や経営者の資質に関する示唆に富む批判の書です。「失われた30年」をもたらした原因は同質性の男子系企業にある、悪いことにメンバーの多くはそれに気づいていない、と明言しています。
同書①の言う「男子系企業」とは、経歴や考え方が似通った同質性の高い中高年男性が経営の主導権を握る企業のことです。それでは、日本企業における「男子系企業の失敗」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。筆者の理解では、以下の連鎖する4事象です。
同質性の高い男性中心の日本企業の特徴
同質性の高い男性中心の日本企業の典型的な特徴は、「○○社の常識は世間の非常識」に通じる「内向きの集団思考」です。それゆえ、自己集団の属性や暗黙知に属さない「はずれ者」を意図的に排除する傾向があります。森元首相の「女性の入る会議は長い」発言の本質もここにあります。図表1は、筆者の経験も踏まえて、日本企業の特徴を同質性集団の〔思考パターン〕と〔行動パターン〕に分けて模式的に示したものです。
〔同質性集団の思考パターン〕
同質性集団の基本的思考は、内者(みうち)と外者(よそもの)を区別し、無意識のうちに自己集団の同質性を守ろうとすることです。また、必ずしも現状に満足している訳ではないものの、自己集団を過大評価する傾向があります。組織運営面では、次のような思考パターンがよく見られます。
- 現状維持志向:変化や未知なるものへの抵抗感から、現在の事業や慣行に固執する心理的傾向
- 前例主義:現状変更や説明責任を避けるために、合理的な検証をせずに前例を踏襲する考え方
- 減点主義:失敗すると評価が下がるため、いかに失敗をしないかを重視して挑戦を避ける考え方
- リスク回避主義:将来の不確実性回避を優先し、機会を犠牲にしてでもリスクを選択しない考え方
〔同質性集団の行動パターン〕
内向き思考ゆえに外部の変化には鈍感ですが、内部の事情には敏感であるため、集団内での忖度は頻繁に起きます。同じ業界内では横並びが常識で、企業間バランスは維持されますが、近視眼ゆえに各社の戦略的な事業改革は進みません。組織運営面では、次のような行動パターンがよく見られます。
- 同質性競争(横並び):同業他社は広義の「内者」であり、互いに他社の動きに同調することを是とする
- 「戦略」でなく「反応」:近視眼的な他社模倣は「戦略」ではなく、リスク回避の安易な「反応」にすぎない
- 「改革」でなく「改善」:現状維持志向の強さゆえ、「構造改革」と称して単なる「改善型経営」に徹する
- 説明無責任の連鎖:同質性集団で内部昇格した歴代経営者は、「前例と同調」以外の説明をしない
この30年、日本企業は何もしなかった訳ではないが・・・
日本企業は改善型経営に徹したと述べましたが、バブル崩壊後30年間に何もしなかった訳ではありません。バブル崩壊直後の対処は間違っていませんでした。3つの過剰(債務・設備・雇用)の解消が喫緊の課題であり、研究開発を含む投資や人件費の削減は急務だったのです。問題は、それを長く続け過ぎたことです。
財務省「法人企業統計調査」を基に過去30年間の変化を概観すると、売上高が微増する中で経常利益は2倍弱となり、内部留保(利益剰余金)は増え続けて4倍を超えています。これは、日本企業が長期にわたりコスト削減のみを是として、未来のための投資もせず社員の賃金も上げずに、儲けを溜め込んだことの証左です。
実態としては、新入社員から内部昇進で上り詰めた同質性の高い中高年男性の社長や経営者には、革新的な製品・サービスの開発や新しいビジネスモデルへの挑戦は考えるべくもなかった、ということでしょう。その意味で、最近の株価急伸は企業の長期戦略に対する期待ではなく、株主還元(高配当と自社株買い)を増やした結果にすぎないという指摘があります。
- (参考資料)
イェスパー・コール「サラリーマン社長は進化する」日本経済新聞、2023年4月21日
伊丹敬之「人件費と設備投資 増やす時」日本経済新聞、経済教室、2024年4月1日
「昭和のおじさんシステム」は、いかに形成されたのか?
いまなお根強く残る「昭和のおじさんシステム」
前節で、「失われた30年」の原因となった「日本企業のかたち」として、2点を抽出しました。すなわち、
- ①日本企業には同質性集団特有の「内向きの集団思考」があり、現状維持志向の思考と行動が顕著である。
- ②内部昇進で上り詰めた同質性の強い中高年男性の社長や経営者には、経営の構造改革はできなかった。
本稿では、この「日本企業のかたち」の実相を「昭和のおじさんシステム」と呼ぶことにします。それは実際どのようなもので、いつ、どのように形成されたのでしょうか。図表2は、いまなお多くの日本企業に根強く残る「昭和のおじさんシステム」を、パイが自律的に大きくなった高度成長期に定着した雇用・人事制度を土台として、事業現場の常識、監督と執行の曖昧さの3階層に分けて表現したものです。
雇用・人事制度が作った男性中心の同質性集団
同書①では、日本の男子系企業の同質性は、戦後に始まった終身雇用制と高度成長期の1960年代に本格化した男子学生の新卒大量一括採用制が組み合わさって強固になったとしています。そして、年功序列・定期昇給などの人事制度が定着するなかで、1970年代後半には「男性=総合職+世帯主」を暗黙の是とする、同質性の高い男性中心集団が形成されたようです。
事業現場では「男は仕事、女は家庭」を前提とする、家族手当などの諸制度が出来上がりました。当時は転職は一般的でなく、男性社員(多くは総合職)は「家族を守る」ために、満足できない職場であっても簡単に辞めることができず、長時間労働を厭わず働いていました。社員教育はOJTが基本で、現場オペレーションで成功した男性社員の中から内部昇進で中間管理職(部長や課長)が選ばれました。
一方、女性社員の多くは一般職(総合職の補助で、管理職候補にあらず)として採用され、数年以内の「寿退社」が当たり前でした。1985年に男女雇用機会均等法が成立したものの、日本企業には女性社員の能力開発やキャリア向上に努める意欲は乏しかった、と言わざるをえません。この辺りの状況は、『男性中心企業の終焉』(以下、同書②)に詳しく書かれています。
「素人の経営者」は、いかに生み出されたのか?
男性のサラリーマン社長と社内取締役
日本企業の経営トップは、今でも多くが内部昇進の男性サラリーマン社長です。「彼」を支えるのは、世代が近く考え方が似通った、現場オペレーション上がりの男性執行役(員)から成る経営会議です。この同質で視野の狭い経営態勢では、大局観をもって長期メガトレンドを判断し、大胆な戦略目標を掲げて組織変革や事業変革を断行するなど考えたこともなかったと思います。
一方、経営の執行を監督すべき取締役会はどうだったかと言えば、やはり、その大半を内向き思考の男性社内取締役が占めてきました。それゆえ、上程案件の承認に主眼があり、多様な視点から企業価値をいかに高めるかという発想と真剣な議論は皆無に近いものでした。つまり、経営全体の戦略とリスクマネジメントを含めて、長らく日本企業のコーポレート・ガバナンスは事実上機能してきませんでした。
このように考えると、「素人の経営者」を生み出したのは「昭和のおじさんシステム」そのものです。ここで、このことと密接に関係する、日本企業特有の慣習(ガラパゴス化現象)を2つ取り上げます。どちらも筆者がサステナビリティと統合報告書の国際比較をしていた時に気づいたことです。
中期経営計画(中計)は日本企業だけ
海外企業に「中計」はありません。任意ながら、日本企業の多くは3年程度の中計を誇らしげに開示しますが、長期ビジョンや戦略が曖昧では意味をなしません。本来は長期価値創造の実行計画たるべきものが、実際には当面の施策と売上高や利益などの達成目標の説明となっています。なお、味の素は2023年2月に社長主導の下で、数値目標のみを追う「中計病」から脱却するべく中計を廃止し、「中期ASV経営2030ロードマップ」を公表しました。
ミドルアップ型経営は「待ちの経営」
トップダウン型の欧米企業とは異なり、日本企業では業界横並びで既存路線を踏襲することが多いため、新しい取組を始めるには中間層が経営者に提案し判断を仰ぐ「ミドルアップ型経営」が定着しています。明確なビジョンを持たない社長から承諾を得るには、極めセリフ「〇〇社もやってます」と、同業他社の成功事例を持ち出すのが効果的と言われてきました。これではVUCA時代に戦略的に適応することはできません。
日本企業の「常識」ともいえる「昭和のおじさんシステム」は、1970年代後半には完成したとみられます。高度成長が終焉した1980年代、1990年代初頭のバブル崩壊を経てもなお、それが温存された結果、「変えられないサラリーマン社長」と「監督できない社内取締役」の再生産が30年も続くことになったのです。
ただ2020年代に入ると、産業構造の大転換と労働力不足を背景に、雇用・人事制度に変化の兆しもあります。図表3に戦後復興期から現在に至る「昭和のおじさんシステム」の形成の流れを年表風に示します。
「JTC(伝統的日本企業)」という言葉があります。日本企業の上意下達の企業風土や硬直的な組織運営を皮肉る時に使われますが、「昭和のおじさんシステム」を抱え込んだままの日本企業そのものです。日本企業の変革への本気度が問われています。次回は(後編)『多様性集団は非効率で面倒くさいが、中核人材の多様性が必須!!』として、男性中心の同質性集団からどう脱却・転換するかについて述べます。
(つづく)