なぜ今、「統合思考経営」なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
人材多様性と人材ポートフォリオ(その1)
~人材多様性はとても非効率で面倒くさい!?~
Table of contents
前回(第27回)は、「失われた30年」の原因として、日本人男性中心の同質性集団(昭和のおじさんシステム)の特徴をあぶり出しました。それを制度として支えたのが、メンバーシップ型の雇用慣行(新卒一括採用・終身雇用・年功序列人事・定年退職)です。今、日本企業に問われているのは、新しい時代の価値創造のために、ここから脱却して、いかに人材多様性を確保した多様性集団に転換できるかです。
人材多様性は、思ったほど簡単ではない!?
上記の問を考えるために、人材多様性やDE&I、働き方改革や人事体系・労働法制、非正規社員、あるいはジョブ型やリスキリング、人的資本経営などの関連する領域を調べてみました。その過程で、筆者なりの課題(感想)がいくつか浮かびましたので、それを提示したうえで、本論に入ります。
(1) 人材多様性は非効率で面倒くさい!?
高度成長を支えたのは、新卒者を一括採用し、年次ごとの“塊”として運営してきた年功序列人事です。労働人口も多く製造業中心の産業社会では、実に効率の良い仕組みでした。しかし、現代の多様な“個”に対応する仕組作りは、手間暇がかかり、とても非効率で面倒くさいのです。
(2) 若手社員にとって、終身雇用・年功序列は無意味である!?
「1つの会社に長く勤めようとは、僕らの周りは思っていない。不本意な転勤に応じるくらいなら、転職を選ぶ。」これは若いメンター※1の発言です。若年層には1つの会社に定年まで勤め上げる気はない、と言っても過言ではありません。どっふり「昭和のオジサン」である筆者は、当時考えたこともありませんでした。
- (※1)企業内の教育制度の1つである「リバース・メンタリング」では、通常とは逆に、特定のテーマについて、メンティー(生徒役)となる経営者・管理職などに対して、若手社員がメンター(先生役)に任命される。
(3) ジョブ・デスクリプションを作れば、「ジョブ型雇用」か!?
「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」は、時代のスローガンのように聞こえます。しかし、「ジョブ型雇用」と称して日本企業が導入しているのは、採用慣行と人事制度はそのままで、特定のスペシャリストに対する追加的な「職務記述書」と「ジョブ型職務給」に過ぎません。
(4) 人材多様性はダブル・マテリアリティで考えるべきである!?
企業経営と環境・社会のサステナビリティを実現するためには、環境・社会の財務的影響と企業活動の環境・社会的影響を同時かつ統合的に考え実践することが不可欠です。同様に、人材多様性や人的投資においても、企業価値だけでなく従業員価値もバランスよく創造すべきです。
「人材多様性」の意味すること
「失われた30年」の出口で立ちはだかる、「人材多様性」という構造問題
「失われた30年は終わった」との見方がある一方で、日本企業の人手不足が深刻化しています。これは単に人口減少だけの影響ではありません。つまり、新卒一括採用と終身雇用・年功序列・定年退職を前提とする「昭和のおじさんシステム」を抱え込んだ、日本人男性中心の同質性集団がバブル崩壊後も温存された結果、「人材多様化」が進まなかったことの帰結です※2。多様な人材を獲得する努力を怠ったのです。
- (※2)多様性とは、そもそも「様々な違いを受け入れる」という意味をもつ。
仮に長期停滞から抜け出ることができたとしても、今度は人材難という難題が立ちはだかっているのです。日本企業は現在、金融業を含め業種を問わず、質・量両面で人材多様性という新しい構造問題に直面していることを認識しなければなりません。産業構造と働き方が大きく変化する中で、多様で優秀な人材を確保できるかが会社の将来を左右しかねない、と危機感を抱く日本企業が増えています。
何のために、「人材多様性」を高めるのか?
それでは、何のために、人材多様性を高めるのでしょうか。ここが経営者と従業員の双方で腹落ちしていないと、的外れな結果になります。企業目線からは、経営戦略と人材戦略を連動させるためです。同時に、社会目線からは、DE&I(多様性、公平性、包摂性)と「ビジネスと人権」を推進するためです。これは、人材多様性を企業と社会の両方のインパクト(影響)から見る、ダブル・マテリアリティの発想です。
企業課題としての「人的資本経営」の狙いは、人材を管理対象としてではなく、人材への投資により人的価値を高めつつ、それによる企業価値の向上です。そのために「人材ポートフォリオ」は必須です。他方、社会課題としての「社会のサステナビリティ」の狙いは、多様な人材が安心して働ける就業環境の整備、健康経営を含むウェルビーイングの向上、また人権デューデリジェンスによる人権尊重の確保です。
「人材多様性」には2つの型
さて、一口に人材多様性と言っても、実は2つの型があります。まず、このことを確認しておきます。
- デモグラフィー型:人種・国籍、性別、年齢など人口統計的な属性に基づく外面的な人材多様性
- タスク型:個人の外見や属性には依らない、知識・能力・経験・知見など内面的な人材多様性
日本ではデモグラフィー型をイメージすることが多いようですが、女性活躍やシニア雇用など企業には取り組みやすい反面、個人属性の多様化が目的になってしまっては本末転倒です。ジェンダーギャップで言えば、単に女性管理職比率を上げるだけではなく、女性ならではの視点が反映されなければ無意味です。
よく考えてみれば、人材とは外見や属性で決まるものではなく、当然、その人の“もっているもの”が問われます。したがい、「人材ポートフォリオ」 (human resources portfolio) の基本はタスク型の人材多様性、となります。ただし、日本企業の場合、これまでの同質性集団から完全に脱却するためには、無作為だった過去30年間のリカバリーの意味で、当面は意図的にデモグラフィー型にも配慮することが必要です。
人材多様性を実現する「人材ポートフォリオ」
「事業ポートフォリオ」と連動する「人材ポートフォリオ」
人的資本の情報開示が、内閣府令により2023年3月期から有価証券報告への記載が義務化されました。人的資本経営(人材への投資)の可視化には、人材ポートフォリオが役に立ちます。「人材版伊藤レポート2.0」でも人的資本経営における重要な要素と位置付けられており、戦略としての「事業ポートフォリオ※3」が変われば、「人材ポートフォリオ」も動的に連動して変わります。
- (※3)事業ポートフォリオとは、事業の一覧とその構成や組み合わせを意味する。各事業の収益性・安定性・将来性などを可視化することで、事業の入れ替えに向けた投資か撤退かの判断材料となる。
人材ポートフォリオとは、人材要件による適材適所のツールです。つまり、自社の人材構成(人的資本)を把握・分析・計画・運用する手段です。具体的には、自社事業に必要な人材像を明確にして、現在「どんな人材が」「どこに」「どれくらい」在籍するかを分析し、そこから見えきた過不足を基に、人材の再配置や採用・育成を行うものです。実際、内部人材の教育・異動と外部人材の採用が行われます。
さらにバックキャストの発想で、長期視点から経営戦略や事業戦略の実現に不可欠な「人材タイプ」を特定する枠組でもあります。つまり、将来どのような人材が必要かを可視化するものです。逆に言えば、人材ポートフォリオに基づく体系的な人材戦略でなければ、戦略として意味がありません。なぜならば、人材戦略を経営戦略にどのように結び付けていくかが、経営課題の中核にあるからです。
四象限図で類型化する「人材ポートフォリオ」の人材タイプ
人材ポートフォリオを構成する「人材タイプ」には、いくつかの考え方があります。例えば、経営戦略に基づく事業ポートフォリオを念頭に、自社の企業特性に応じた縦軸と横軸で作られる四象限図で類型化することができます。図表1に、その典型的な人材タイプを示します(併せて、企業目線と従業員目線による人材ポートフォリオの効用も記す)。
四象限図の横軸は、人材の適性として、「組織牽引力」と「個人自律力」のどちらの能力が秀でているかを示します。これに対し縦軸は、人材の個性として、「創造力」と「運用力」のどちらの職種に向いているかを示します。この2軸の組み合わせにより、以下のように人材タイプ4種が類型化できます(ただし、人材の適性・相性を示すものであり、優劣を示すものではない)。
- ①組織×創造:マネジメント人材:業務を効率的に管理し、組織の成果をめざす(経営層人材を含む)
- ②組織×運用:オペレーション人材:規定の業務を円滑かつ確実に進める
- ③個人×創造:クリエイティブ人材:新規の技術・商品・事業を考案する
- ④個人×運用:エキスパート人材:特定業務の熟達者として経験値を活かす(スペシャリスト人材を含む)
人材ポートフォリオの先進企業事例
過去の成功体験にとらわれず、経営戦略と人材戦略を連動させて、人材ポートフォリオを再構築する企業が増えています。上述の人材タイプとは必ずしも同じではありませんが、人材戦略の基本方針を策定し、人材ポートフォリオの構築に取り組む先進事例を以下に示します。
- 旭化成:経営戦略と連動した人材ポートフォリオを作成。毎年、全社全事業部で必要となる人材要件・人数を洗い出す。
https://www.asahi-kasei.com/jp/ir/library/asahikasei_report/pdf/23jp_68.pdf - 協和キリングループ:「人材はイノベーションの源泉」と認識。2017年に「人材マネジメント基本方針」を策定し、人材ポートフォリオの考え方を明確にした。
https://www.kyowakirin.co.jp/sustainability/human_resources_infrastructure/portfolio/ - KDDI:2030年に向けた「人財ファースト企業」を標榜。KDDIフィロソヒィを核にしたサステナブルな人財ポートフォリオを活用する。
https://tobira.kddi.com/sustainability2023/vision/human_capital.html - 丸井グループ:2022年に人材ポートフォリオの構築などを任務とする「人材戦略委員会」(取締役会の諮問機関)を設置した。
https://www.0101maruigroup.co.jp/pdf/settlement/22_0512/22_0512_2.pdf - 三井情報:2019年に「人材基本方針」と「人材像」を策定。各事業部の「人事企画」が3コースの人材ポートフォリオをもとに、個々人の教育を進める。
https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/2472/
人材戦略の覚醒と革新
人材ポートフォリオを実現するための雇用慣行の見直し
人材戦略としての人材ポートフォリオの策定には3つのステップがあります。まずは人材戦略の基本方針を策定したうえで、自社の特性に応じた人材タイプ(適性と個性)を類型化し、それを基に人材要件を決定します。そして、目標と現状のギャップを確認して、社内外での人材獲得の段階に移ります。
人材ポートフォリオに基づく人材獲得で考えるべきは、「採用慣行」「人事慣行」「雇用形態」の3つの雇用慣行です。それぞれの内容は、「人材属性」「キャリア形成」「正規度」に対応しています。これらの組み合わせにより、実際の雇用慣行が形成されます。このことを模式的に表現すると、以下のようになります。
図表2は、上記の人材ポートフォリオを実現するための雇用慣行を3軸図で表し、各軸にはそれぞれ先進的な日本企業が導入している新しい取組を記載しています。この3軸図で自社にふさわしい新しい採用・人事・雇用制度を考えることができます。なお、昭和的体質をもつ日本企業を上記の模式に当てはめると、次のようになります(図表2では、各軸の要素に★印を付す)。
「昭和のおじさんシステム」の同質性集団における、典型的な雇用慣行
=〔日本人・男性・新卒者〕×〔メンバーシップ型人事〕×〔正社員〕
「人は石垣、人は城」は武田節の一節です。また「企業は人なり」とも言います。日本企業が従業員とともに発展していくためには、人材多様性の本質を押さえて、昭和的な雇用慣行の抜本的な変革が不可欠です。次回からは雇用慣行の3軸について、変革方策の考え方や取組状況、課題を論じます。
(つづく)